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 地域資源紹介

明治中期の銀座四丁目交差点付近
明治中期の銀座四丁目交差点付近。晴れの日にも関わらず大勢の男性が洋傘をさしています。

東京洋傘

指定されている場所: 中央区、台東区、墨田区、北区

東インド艦隊司令長官マシュー・ペリー提督が日米和親条約締結のために1854(安政元)年に浦賀に来航した際、上陸した海軍の上官数名が洋傘をさしていた姿が、はじめて大勢の江戸庶民の目に触れる機会だったといわれています。欧米との貿易が始まると、洋傘も本格的に輸入されるようになりましたが、一般の人々の手には届かない高級品でした。
 

洋傘と和傘の違い

古代中国から導入された和傘は、素材として竹の骨に油を塗った和紙を用いており、柄が竹でできた「番傘」や、番傘よりも上等な、柄が木の棒でできた「蛇の目傘」など様々な種類があります。和傘は骨数が多いのも特徴です。一方、西洋から伝わった洋傘は、初期には木綿が用いられ、近代になるとナイロンポリエステルビニールなどの新素材が使用されていきました。和傘と洋傘は単に素材の違いだけでなく、傘の構造や製法、傘の閉じ方や持ち方も全く異なり、それぞれの特徴があります。
 

国産の洋傘製造の始まり

明治時代の「仙女香」ブランドの傘
明治時代の「仙女香」ブランドの傘

明治時代に入ると、洋傘は文明開化を代表する舶来品の一つとして広まっていきます。その色が黒く、形がコウモリの翼に似ているため「蝙蝠傘(こうもりがさ)」と呼ばれるようになりました。やがて東京でも国内製造が試みられ、1872(明治5)年、輸入洋傘の仕入・販売をしていた「坂本商店」が、「甲斐絹(海気の当て字)」を生地に使用し、輸入傘を分解した部材を使用した、初の日本製洋傘を作りました(坂本商店は、江戸時代は「仙女香」という白粉の販売店でした)。

洋傘
かわず張りで造られた洋傘。表側はバラ模様の生地、裏は蝶と花の模様が刺繍されている。この傘の場合裏生地が透けて柄が二重になっています。

写真の「仙女香」ブランドの傘は、外側には白い生地、内側にはあざやかなピンク色の生地が張られています。このように、通常の表側の生地に加え、傘骨をおおうように内側に別の生地を張って二重にする製法のことを「かわず張り」といいます。「かわず」とはカエルのことで、二枚の生地が重なった部分がカエルの水かきに似ていることから名付けられました。二重構造になっているため、生地と生地の間に空間ができて、日傘にすると太陽からの光と熱がよく遮蔽できるのが特徴です。かわず張りは現在も日傘や晴雨兼用傘に使われており、職人が手作業でつくるため、高級な傘です。

日本の主要輸出品となる洋傘

1872(明治5)年頃、青木基次が本所長岡町(現在の墨田区亀沢)に洋傘製造会社を立ち上げ、本格的な洋傘生産を開始します。1890 年(明治23)年には、洋傘の骨の輸入をしていた河野寅吉が、「溝折受骨(みぞおりうけぼね)」という鋼材の断面がU 字型になる丈夫な骨を自ら製造し、骨も含めた洋傘全体の国産化に成功しました。寅吉はさらに、飛上傘(現ジャンプ傘の前身)や、引締傘(現折りたたみ傘の前身)の開発を手がけていました。大正時代、傘は単に実用のためだけでなくファッションアイテムとして、人々の爆発的な人気を集め、さらに洋傘はアジア諸国への主要輸出品の一つになります。当初無地の黒い洋傘が多かったものの、一部の上流階級の婦人はおしゃれな洋傘を使用していました。特に大正時代には婦人用傘の装飾性が増し、布地にレースや刺繍の入ったものや友禅加工したもの、傘の手元(持ち手)に象牙や鼈甲(べっこう)を用いたもの、螺鈿(らでん)、彫金を施した高級品なども登場します。その後、ナイロンやポリエステルの登場によって丈夫さを増し、安い上に軽くて持ち運びに便利になりました。1965(昭和40)年、日本の洋傘は生産量世界一(4,320 万本)、消費量世界一(3,240 万本)、輸出量世界一(1,028万本)の三冠王を達成しました。とはいえ、昭和50 年代になると、アジア諸国が低価格の洋傘を製造・輸出し始め、日本の製造量は激減しました。

「東京洋傘ゼロワン」

東京洋傘ゼロワン
「東京洋傘ゼロワン」

東京は洋傘産業の開発・発展に深く関わっており、洋傘は東京の「地場産業」の一つと言えます。その伝統を受け継いだ東京の職人たちの手で創られる、伝統的技法を保ちつつ機能やファッション性を発展させた「東京洋傘」が、2018(平成30)年、東京都により伝統工芸品として指定されました。「東京都洋傘協同組合」では東京都の指定を記念して、「東京洋傘」ブランドを立ち上げ、最高級・最先端素材を用いた高級紳士傘「東京洋傘ゼロワン」を開発しました。生地にはふんわりと光沢のある最高級の正絹を用い、親骨・受骨・中棒全てにカーボンを使用し約362g と超軽量を実現しました。

東京洋傘ゼロワンの手元
「東京洋傘ゼロワン」の手元(ハンドル)

また、手元部分は職人がブナの木に本革を1 本1 本縫い上げることによって、高級感溢れる風合いと上質な握り心地を実現しています。また、強風にも耐えられる独自の設計が施されています。すべての工程が、日本の傘業界で「レジェンド」と呼ばれている伝統工芸士たちの手作りによります。「東京洋傘ゼロワン」は、クラウドファンディング「MAKUAKE」のプロジェクトとして進められました。
画像提供:「東京都洋傘協同組合」

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