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 地域資源紹介

拝島ねぎ

拝島ねぎ

■指定されている場所: 昭島市

昭島市は東京都のほぼ中央に位置し、水道水が深層地下水100%という水資源と豊かな緑に恵まれた、水と緑があふれるまちです。この地域で昭和初期より栽培されてきた伝統野菜「拝島ねぎ」は、葉先まで柔らかいのが特徴。生で食べるとピリリと辛く薬味として好まれ、熱を加えるととても甘くとろけるような食感になるため、天ぷらやすき焼きなどの料理に合います。

拝島ねぎは栽培の難しさから一時衰退の危機に陥りましたが、平成19年頃から復活の動きが始まり、平成26年には江戸東京野菜に認定。翌年、拝島ねぎ保存会が発足しました。

拝島ねぎのルーツ

拝島ねぎの栽培が始まったのは昭和初期。当時、昭島市は拝島村と昭和町に分かれており、拝島村の農家が、茨城県水戸市で種を譲り受けたのがきっかけです。拝島村の砂利質の土とゆるやかな傾斜が、水捌けの良さを求められるネギの栽培に適していたのです。20名ほどが栽培を行い、主に立川の市場へ出荷していました。


衰退と復活の経緯


柔らかさが特徴の拝島ねぎは、栽培に手間がかかります。台風や積雪などで折れたり曲がったり、病気になりやすかったりするためです。そのため、時代とともに育てやすい他の野菜へと移り変わり、拝島ねぎを栽培する農家が2軒にまで減少しました。

平成19年、農家と昭島市が共同で、拝島ねぎの復活と特産化に向けて動き始めました。東京都の農林総合研究センターへ依頼し、およそ3年をかけて質の良い種の増量に成功。それをもって、平成25年に「拝島ねぎをつくりませんか」と地元農家に声を掛け、市内11軒の農家が参加し、拝島ねぎ栽培の再スタートとなりました。



種まきから収穫・出荷までの流れ

拝島ねぎは、播種から収穫まで1年近くかかります。

2月末から3月の彼岸までの期間に、チェーンポット(育苗資材)に播種。6月初旬から7月の間に、畑へ定植していきます。折れたり倒れたりするのを防ぐため台風シーズンが終わるまではゆっくりと育て、9月末頃から土上げや追肥で一気に成長させます。ただし、拝島ねぎは病害虫に弱いため、米糠を混ぜ込んだ土を使うなどし、細菌の繁殖を防ぐ対策を行います。また、冬になり雪が積もると重みでねぎが倒れてしまうため、それを防ぐための注意も必要です。そうして育った拝島ねぎは、12月から2月に収穫の最盛期を迎えます。

また、特に育ちが良い太くて長いものは畑に残し、6月頃に葱坊主と呼ばれる球状の花から種をとります。とった種は拝島ねぎ保存会の各農家から持ち寄り、それらの種をブレンドすることでより良い拝島ねぎを目指します。

令和4年度の拝島ねぎの収穫量は約3トン。流通は主に昭島市内で、地元の産業まつりや直売所などで販売され、市内の学校給食用としても出荷されています。



拝島ねぎの普及活動

昭島市内の一部の小学校では、授業の一環として学校敷地内で児童たちによる拝島ねぎの栽培が行われています。同様に、市内にある東日本少年矯正医療・教育センター(医療少年院)でも情操教育の一環として栽培を実施。拝島ねぎ保存会はこれら各所へ訪問し、コミュニケーションをとりながら指導を行っています。

また、知名度向上のため東京都のチャレンジ農業支援事業を活用し、拝島ねぎ保存会の名前入りのネギ袋をつくったり、新たなグッズを計画したりしています。

現在では、農家、昭島市及びJAが一体となり、拝島ねぎの生産・普及に努めています。

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